2004年5月8日
ドイツを離れる日が来た。
ドイツから成田へ飛び、そのまま東京暮らしをする予定。
鳥取では皆さんに優しくしてもらってほんとにお世話になった。暖かい人ばかりだった。自然豊かでいいとこだった。
だけど出発前からもう鳥取へは戻らない事は決めていた。
仕事の少ない鳥取ではせっかくそれまで得た経験が生かせる仕事を再び見つけるのが困難だからだ。見つかったとしても給与水準が低いので一人暮らしして行くのが大変だからだ。今の東京一極集中状態には言いたい事が沢山ある。
元々日本を発つ前、アパートを引き払う時に荷物は小さな段ボール箱に5箱ほどに整理して来た。落ち着いたら預かってもらっている母親のところに行って新居に宅急便で送るだけだ。
この頃トビちゃんの日本行きはほぼ決まっていて、後は契約条件の提示を待つのみ、と言う状況だった
東京ではドイツからインターネットで予約したゲストハウスに住んで、仕事を探して働きつつトビちゃんがやって来るのを待つつもりだ。
ゲストハウスとは、海外では安宿の事なのだが、日本での「ゲストハウス」はちょっと違う。
もちろん、京都やなんかには相部屋・トイレシャワー共同の海外同様のゲストハウスもあるが、日本の「ゲストハウス」は、ほとんどが最短滞在期間一週間くらいのシャワー・トイレ・キッチン共同の短期滞在型宿舎の様な形だ。
私が滞在するのはJ&Fハウスと言う大手が経営するところ。
「東京」と言っているが、実はそのゲストハウスがあるところは千葉の松戸であった。とは言っても、荒川を越えればすぐ東京都ではあるのだが。
前にも言った通り、ドイツには出稼ぎトルコ人が多いため、ドイツ-トルコ路線の飛行機は安い。
調べたら東京までもトルコ経由の路線が一番安かったので、トルコ航空で

前回トルコに飛んだのはルフトハンザだったので、トルコ航空は初めて…
トビちゃんと空港で涙の別れ…しばしであっても別れは寂しい…の後、涙の乾き切らない目で自分の乗る飛行機を見て
小さっ
ボロっ
と呆然。
気流が悪かったせいか、トルコまで揺れに揺れる機内…
着陸態勢に入った時は、隣に座ったトルコ人のおばあさんが
耳が、耳が痛いんだよっ
怖いよ、揺れてるよ。ほんとに無事着くのかね
(多分)とトルコ語で訴えて来るのにただうなずきつつも、こっちも怖いんだよー
と思いながら飛行機は無事着陸…
ほっ
としたのは私だけでなかったらしく、機内
大喝采
やんややんやの大騒ぎ。
トルコ人って陽気だね〜。
イスタンブール - 成田 路線の機体は新しく

誰も恐怖におののく事なく無事成田に到着。
私は東京生活を始めるのだった。